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渋沢栄一【新1万円札】の出身や功績は?過去には10万円札に登場

今月9日、20年ぶりとなる紙幣の刷新が政府から発表されました。

ニセ札対策を目的に、約20年を目安に紙幣のデザインは刷新されており、現在使用されている福沢諭吉の1万円札は2004年から使用が開始されていることから、そろそろ刷新のタイミングがきたということでしょう。

今回発表された新デザインの1万円札は、2024年(令和6年)からの使用が予定されています。

そして、新1万円札の肖像は「渋沢栄一」になることが発表をされているのですが、この記事では渋沢栄一の出身や功績、過去に存在した渋沢栄一が肖像となった「10万円札」についてまとめていきます。

渋沢栄一【新1万円札】の功績について

渋沢栄一(1840年〜1931年)は明治維新後に大蔵省(現在の財務省)に入省し、辞職後は日本で初めてとなる商業銀行を設立します。

その銀行は現在のみずほ銀行の前身となっており、設立時には第一国立銀行という銀行名でした。

渋沢栄一は、銀行以外にも製紙、紡績、保険、鉄道など多くの起業に携わったことから、「日本資本主義の父」とも呼ばれた人物です。

渋沢栄一が設立に関与した企業は、その数500以上となっており、代表的な企業は次の通りになっています。

  • 第一国立銀行(現:みずほ銀行)
  • 東京海上火災保険
  • 王子製紙
  • 田園都市(現:東京急行鉄道)
  • 帝国ホテル
  • キリンビール
  • サッポロビール
  • 明治製菓

これだけ見ても、知らない人はいないほどの大企業が名を連ねており、渋沢栄一の偉大さが伺えます。

また、渋沢栄一は会社の設立による金儲けに終始するのではなく、引退後には社会福祉や教育の発展に大きく貢献したことで知られています。

特に関東大震災後の義援金集めには大きな影響力を発揮し、大震災善後会副会長として震災復興に奔走したことが知られています。

1926年と1927年にはノーベル平和賞の候補にも挙げられており、日本史を代表する人物であることは間違いありません。

渋沢栄一【新1万円札】の出身について

渋沢栄一【新1万円札】の生家

渋沢栄一は1840年3月16日に、武蔵国榛沢郡血洗島村(現:埼玉県深谷市血洗島)で生まれました。

現在、埼玉県深谷市には「渋沢栄一生地(中の家)」と呼ばれる、明治時代からの建物が残っています。

「中の家」は「なかんち」と読むそうです。

ただし、こちらは実際に渋沢栄一が生まれた家ではなく、渋沢栄一の妹夫婦が住んでいた家になっています。

残念ながら、渋沢栄一が生まれ育った家は火事により焼失してしまっています。

渋沢栄一【新1万円札】の記念館

渋沢栄一の生家の近くには、「渋沢栄一記念館」もあります。

ここには渋沢栄一の遺墨や写真など、多くの資料が展示されています。

渋沢栄一記念館
住所:埼玉県深谷市下手計1204
電話番号:048-587-1100
見学時間:午前9時~午後5時
休館日:年末年始(12月29日から1月3日)
アクセス:最寄駅はJR高崎線深谷駅または岡部駅

・バスの場合→JR深谷駅北口から約30分(くるりん北部定期便「渋沢栄一記念館」バス停下車すぐ)
・タクシーの場合→JR深谷駅から約16分/JR岡部駅から約16分
・車の場合→関越自動車道花園ICから約40分/本庄児玉ICから約30分、北関東自動車道太田藪塚ICから約40分

駐車場:75台

渋沢栄一【新1万円札】の10万円札とは?

渋沢栄一が生まれ育った埼玉県深谷市では、渋沢栄一の出身地としての町おこしに力を入れています。

2013年には商工会議所のメンバーが集い、渋沢栄一が紙幣の肖像に使われることを願った、オリジナルの「10万円札」を製作しているのです。

ツイッターにその画像がありましたので貼り付けておきます。

この「10万円札」は1枚100円で販売され、合計15000枚発行されているそうです。

もしかしたら、1万円よりも価値が高くなるかも知れないですね…

現在、メルカリでは「渋沢栄一 新紙幣 グッズ 開運」という商品名で、5555円で販売が行われています。

まとめ

いかがでしたか?

新1万円札のデザインが刷新されるのは2024年とまだ少し先のことになりますが、少しずつ渋沢栄一への関心が高まってくることでしょう。

会社を設立することによる金儲けだけでなく、多くの慈善事業に携わった渋沢栄一から学ぶべきことはたくさんありそうですね。

渋沢栄一から学ぶことができるものについては、別の記事でまとめていきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。