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渋沢栄一【新1万円札】がお札になった理由とは?深読みしてみた

9日に政府が発表したところによれば、現在市場に流通している紙幣の肖像のデザインが2024年(令和6年)に刷新されます。

1万円札の肖像に選ばれたのは、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一で、5千円札には津田梅子、千円札には北里柴三郎がそれぞれ選ばれるようです。

この記事では、新1万円札のデザインに聖徳太子が選ばれた理由を考えていきます。

少し深読みかも知れないですがお付き合いください。

渋沢栄一が新1万円札の肖像に選ばれた理由とは?

これまでの新1万円札の肖像について

紙幣の偽造防止のために定期的な紙幣デザインの変更は今までも行われており、ここ最近の紙幣のデザイン変更は次のようになっています。

  • 1958年 初の1万円札として聖徳太子の肖像が使用される(裏面は鳳凰)
  • 1984年 肖像が福沢諭吉に変更される(裏面は雉)
  • 2004年 肖像は福沢諭吉のままデザインが変更される(裏面は平等院の鳳凰)
  • 2024年 肖像が渋沢栄一に変更の予定

このように約20年ぐらいを目安にデザインの変更が行われてきた1万円札ですが、その肖像の選定にはその時代の価値観が反映されているとも受け取ることができます。

初の1万円札 聖徳太子

まず、聖徳太子が選ばれた1958年以前の日本は、戦後の復興にようやく目処がついた時期でもあります。

そのような時期に聖徳太子が選ばれた理由は、聖徳太子の偉業について考察していくことでうかがい知ることができます。

聖徳太子と言えば、「憲法十七条の制定」を行ったことが広く知られています。

また、それ以外にも天皇中心の国づくりを作り上げたのも聖徳太子であると考えられています。

そして、このような功績を成した聖徳太子が1万円札の肖像に選ばれた理由は、次のようなものになるのではないでしょうか?

  • 現行の憲法に対する反発心
  • 現行の天皇制に対する反発心

太平洋戦争(大東亜戦争)に敗れ、ポツダム宣言を受託させられた日本は、戦後の復興をGHQ主導のもとに行っていきました。

それまでの憲法(大日本帝国憲法)は日本国憲法へと形を変え、天皇も象徴としての存在へと姿を変えていったのでした。

少し「深読み」かも知れないですが、この時期に聖徳太子が1万円札の肖像に選ばれた理由は、戦後の占領政策に対するアンチテーゼであったのではないかと思うのです。

2番目の新1万円札 福沢諭吉

完全に戦後復興を成し遂げてからの日本は、「ジャパンアズナンバーワン」と言われるほどに、その経済力を高めていきました。

そしてその時期に登場したのが2番目の新1万円札である、福沢諭吉の肖像になります。

福沢諭吉といえば、慶應義塾大学の創設者としても知られ、日本の教育に大きな貢献をした人物でもあります。

そして、「教育」ということについて、先の聖徳太子からの流れで考えていくと次のことが頭に浮かんできます。

  • 教育勅語の廃止
  • 教育基本法の制定

福沢諭吉は教育勅語を支持していたことでも知られており、少し「深読み」かも知れないですが、福沢諭吉の肖像には、戦後の占領政策で押し付けられた教育に対するアンチテーゼが込められていると思うのです。

次なる時代の1万円札 渋沢栄一

そして、2024年(令和6年)から新しい肖像として登場するのが、「日本資本主義の父」とも呼ばれる、渋沢栄一です。

渋沢栄一の功績は日本の経済発展に関するものや、教育や慈善事業に関するものなど、数え上げればキリのないほどになります。

しかし、この渋沢栄一が1万円札のデザインに使われた理由が、何かに対するアンチテーゼであると考えるとどうなるでしょうか?

日本は戦後の経済復興の中、豊かさや便利さを享受する一方で、「拝金主義」的な価値観を強く持ちすぎてしまっているような気もします。

そして、この新1万円札のデザインに込められた思いは、そのような合理的な考えを中心に動きすぎてしまっている、社会や国家の在り方に対する警鐘ではないかと思うのです。

キャッシュレス時代の新1万円札が持つ意味とは?

少し深読みをしすぎたかも知れないですが、新1万円札のデザインに込められた意味は、現代の拝金主義傾向に対するアンチテーゼであると思う一方、この時期の新1万円札には特別な意味があるとも考えることができます。

そのキーワードは「キャッシュレス」です。

現在世界の流れは、現金を持たないキャッシュレスへと大きくシフトしていっています。

そのような時代に1万円札のデザインが渋沢栄一(=日本資本主義の父)になるというのは、「深読み」しすぎかも知れないですが、もう新しい時代には「資本主義」というシステムが必要ないというメッセージなのではないでしょうか?

もちろん「ポスト資本主義」というものが明確に誕生しない限り、資本主義からの脱却は成し得ないと思われますが、かと言って、資本主義が未来永劫に継続する持続可能なシステムではないことは多くの人が理解しつつあります。

ですから、世界に先立ち、日本からの強いメッセージとして「ポスト資本主義」を訴えているのではないかと思うのです。

まとめ

いかがでしたか?

少し「深読み」の内容ですから賛否両論あるとは思います。

しかし、このように考えてみることにより、新しい時代に対する覚悟のようなものも生まれるのではないでしょうか?

このような大きな変化に際し、この記事が色々なことを考えてみるきっかけになればと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。