パワースポット

神話を失った民族が滅びるは【嘘】という衝撃の事実!でも知りたい第四章

イギリスの歴史学者 アーノルド・J・トインビーの嘘

イギリスの歴史学者であるアーノルド・J・トインビーが、その著書において「12、13歳ぐらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」という言葉を残しています。

このような言葉を目にしたことはないでしょうか?私自身も何かのきっかけでこの言葉を知り、今まで「古事記」や「日本書紀」などに対して全く不学であった自分を恥ずかしく思ったものです。

しかし、上記の言葉の真偽について調べていくと、この言葉が全くの【嘘】であるということが分かったのです。その詳細については、ヤシロタケツグさんの【追跡:「古事記ビジネス」に騙り継がれるトインビー「民族の神話」の系譜】を読んで頂ければ分かると思います。掻い摘んで説明をするとすれば、「古事記」を利用したビジネスを拡大させていくための【嘘】であるということです。

見出しには「歴史学者 アーノルド・J・トインビーの嘘」と書きましたが、嘘を言っているのはトインビーではなく、彼をビジネスに利用しようと目論んでいる人たちだということのようです。純粋に神社が好きで、参拝が趣味という私みたいな人間にとっては許しがたい【嘘】であり、このような形でビジネスを展開する人がいるというのは非常に残念でなりません。

そもそも「歴史」というものは、それぞれの時代に行われた戦争において勝ち残った側に都合の良いものであるでしょうから、その時代を実際に生きていない人間にとっての歴史とは、あくまでも想像の範疇を超えることができないものだと思います。どうにかして「正しい歴史」を学ぼうとしても、それはどこかに隠蔽や捏造のようなものを含んでいるはずですから、結局のところ、どの民族であっても「民族の歴史(神話)を学ぶ」などということは不可能なわけです。

ですから、もしも「12、13歳ぐらいまでに民族の神話を学ばなかった民族が例外なく滅ぶ」としたら、きっと全ての民族が滅んでしまうことになるでしょう。

それでも僕は「神話」を学ぶ

例えば、有害物質を多く含むタバコの煙が私たちの身体に良くない影響を及ぼし、ガンや脳卒中や心筋梗塞などの病気を引き起こすことが分かっていても、喫煙をやめることができない人がいるのと同じように、もしトインビーの言葉として語られている「12、13歳ぐらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅びる」という言葉が【嘘】だったとしても、私はもう40代半ばだったとしても、それでも神話を学んでみたいとは思っています。

その理由は特別に崇高なものがある訳ではありません。ただ毎日のように神社に足を運ぶ生活をしていることで、非常に心の落ちついた日々を過ごすことができていたり、何気ない出来事に感謝できるようになれたことが、私にとってはとても大きなことであり、そのようなものをもたらしてくれた神社やそれにまつわる神話(歴史)について学びたいと純粋に思ったのです。

そのような思いをもって、ここからは「日本の神々と神社」について学んでいきたいと思います。

伊耶那岐神と黄泉の国

妻の変わり果てた姿を見て逃げ出した伊耶那岐神

伊耶那岐神(いざなきのかみ)は愛する妻の伊耶那美神(いざなみのかみ)を死に至らしめた火の神・迦具土神(かぐつちのかみ)を斬り殺しました。そして伊耶那岐神は黄泉の国を訪ね、伊耶那美神に帰って来るようにと懇願します。

しかし伊耶那美神は黄泉の国で食べ物を口にしてしまったので、帰ることはできないと言います。そして「私のことを見ないでください」という約束を破り、伊耶那岐神が見てしまったものは、醜く腐乱した世にも恐ろしい姿をした、妻・伊耶那美神だったのです。

驚いた伊耶那岐神は逃げ出しました。しかし、伊耶那美神は彼の裏切りに激怒をし、黄泉の国の予母都志許売(よもつしこめ*黄泉の国の醜女という意味)に彼の後を追わせるのでした。

黄泉津比良坂での壮絶な別れ

必死に予母都志許売らを振り払いながら逃げる伊耶那岐神に、今度は雷神と黄泉の軍勢が迫って行きます。黄泉津比良坂(よみつひらざか)に差し掛かると、伊耶那岐神は桃の実を追手に投げつけました。かつて桃は邪気を祓い、不老長寿を与える霊力を持つとされていました。この桃の呪力により、ついに追手は追跡を断念します。伊耶那岐神はようやく追手から逃れることができたのでした。

ところが、ついには妻・伊耶那美神本人が追いかけてきます。そこで伊耶那岐神は黄泉津比良坂にある黄泉の国への入り口を千引岩で塞ぎ、その岩を挟んで伊耶那美神と対峙をしたのでした。伊耶那岐神が離縁を告げると、伊耶那美神は次のように言いました。

「愛しい夫よ、私と別れるなら、私はあなたの国の民を一日に千人絞め殺そう」

すると伊耶那岐神は次のように答えたのでした。

「愛しい妻よ、では私は一日に千五百人の子を生ませよう」

これは一日に千人が死に、千五百人が生まれることとなったという死の神話であり、これによってこの世に「寿命」というものが生まれたと言われています。夫との離別後、伊耶那美神は死を司る黄泉津大神となり、伊耶那岐神は生を司る地上の大神となったのでした。

今でも島根県の八束郡東出雲町には、黄泉津比良坂と呼ばれる場所が残っています。

いかがでしたでしょうか?純粋に神話(歴史)を学ぶということはとても難しいことかもしれないですが、このようにして少しずつ日本の「神話の世界」について学んでいければと思います。次回は「三貴子の誕生」について触れていきます。